ADMIN TITLE LIST


Recent entries
2007/09/09 (Sun) 風の旅 萩相島灯台

Selected category
All entries of this category were displayed below.



2007 風の旅 「北の潮彩」 を無事に、とは行かなくても、
健康を害する事もなく、予定したコースに利尻島と礼文島を加え、
会いたい灯台とは98%会って、終えることが出来た。
知らない土地での一人旅としては 「大成功」 の部類だろう。
家人の全面的なバックアップがあり、友人・知人・灯台仲間からの支援も頂いた。
北海道で出会った人たちは例外なく親切で、いい人たちだった。
「北の潮彩」 の大成功を喜ぶとき、皆さんへの感謝を忘れまい。

レンタカーを借りた 14日12時〜21日12時 の7日間がそのまま、
「北の潮彩」 に費やした日数だ。 予定の10日間を3日短縮した。
走行距離 ‥‥‥‥‥ 3121km。
訪問灯台 ‥‥‥‥‥ 57基 (旧 灯柱1基を含む)
通り過ぎた灯台 ‥‥  1基 (小歌岬灯台)
望見した灯台 ‥‥‥  1基 (サロマ湖口灯台)
素通りした観光地 ‥  無数
素通りした都市 ‥‥  無数
宿泊 ‥‥‥‥‥‥‥ 4ヶ所 (洞爺湖、増毛、利尻島、様似)
車中泊 ‥‥‥‥‥‥ 3ヶ所 (江差、興部、納沙布岬)
これが概略で、どんな一人旅だったか、およその見当はつくだろう。

個々の灯台については、サイトの 「北の潮彩」 のページに記載する。

私は、好きなワインに、産地や、価格や、米国人の評価で優劣をつけない。
ワインは、みんな違ってみんないい。
同様に、好きな灯台に、大小や、歴史や、周囲の景色などで優劣をつけない。
灯台も、みんな違ってみんないい。

そうは言っても、再訪したい灯台と、一度行ったからもういい灯台とがある。

再訪したい灯台10選 (今回の訪問順)
恵山岬灯台、茂津多岬灯台、神威岬灯台、稚内灯台、北見神威岬灯台、
宇登呂灯台、能取岬灯台、納沙布岬灯台、湯沸岬灯台、襟裳岬灯台

20選とすれば、更に次の10基が加わる。
チキウ岬灯台、葛登支岬灯台、積丹出岬灯台、鴎島灯台、石狩灯台、
鴛泊灯台、元地灯台、宗谷岬灯台、落石岬灯台、静内灯台

25選とすれば、更に
白神岬灯台、弁慶岬灯台、日和山灯台、石崎灯台、花咲灯台
(次点;羅臼灯台)

25選まで枠を広げたら、割愛した灯台がいくつもある。
アヨロ鼻、増毛、幌、金毘羅岬、金田ノ岬、紋別、野付埼、
十勝大津、日高門別、etc. etc.
これらのどれを入れ替えても (私的には) 異存はない。

再度訪れるのが辛い灯台が、1基だけ、ある。
松前灯台 (200mまで近づいて、眼鏡をはずして見るならいい)

今回は行けなかったが、奥尻島、天売島、焼尻島はいつの日にか行けるだろうか。
知床岬と、松前大島、松前小島は到底無理だろうが。

来年は、今年予定していた 「奥の磯道(東北)」 になるのか、
それとも、大阪湾〜伊勢湾〜御前埼 になるのか‥‥。
見果てぬ夢は、つづく。

アヨロ鼻灯台 25選からは外れたけれど、この灯台も好きだ。
アヨロ鼻灯台



「旅の恥はかきすて」 という。
私のように一人旅を続けていると、私の行状をこと細かく報告する人はいない。
どこで何をしても、はるかに遠い北の大地で私が演じる一人芝居だ。

「北の潮彩」 を終えて間もなくワイン会があった。
ワイン仲間の何人かは私のブログを覗いてくれていたのだろう。
開口一番、「大変な旅でしたね」 と仰る。
確かに、
がらがらに空いた広い一本道を飛ばして、背筋が痛い。
飛ばしすぎて、沿岸小型の灯台を1基見落とした。(小歌岬灯台)
ずぅ〜っと悪天候を嘆いた。
礼文島からの帰りは 「最北航路」 が揺れた。 (当地ではフツーの風波だが)
知床横断道路は閉鎖され、大迂回を余儀なくされた。
余った時間を摩周湖に向かえば 「積雪・吹雪で通行止め」(05/20)
落石岬では、湿原地獄に足を取られ、想い出のこもった靴をパァーにした。
納沙布岬では、私の寝ている車が強風に揺れた。
でも、それらはたいした事じゃない。

思い当たるのは、浦河灯台を訪問したときの1件だ。
その場に居合わせ、20分ほど話し込んだ御仁が、
私が旅を終える前に、私のブログにコメントを投稿してくださっていた。
ことの始終を詳細に。
成り行きにもよるが、「旅の恥」 だから伏せておこうと思ったが、バレバレだ。
バレてしまえば仕方ない。

北海道を全周し、辺地の灯台を訪ねる際に、カーナビは実に力強い味方だった。
そのカーナビが、浦河灯台が見えるところまでは導いてくれたが、
さて、灯台に至る小道が分からない。
灯台の近くまで行って、あとは歩いて小道を探そうと思った。
あとから思えば、
まだ、朝6時の話だ。
北海道の交通事情は承知していたから、別段、車を道路脇に寄せることはない。
でも、寄せた。 かなり広い草むらがあったから。
その草むらに側溝が隠れていると気付かなかった。
前後輪脱輪。 少しもがいて前進したからホイールカバーはパァー。
走行に支障はないが、前輪の損傷がかなり。
私の意のままに縦横に走ってくれて、「灯台巡回2号車」 と命名したほどの、
従順だったレンタカーに、最後の最後に痛い思いをさせてしまった。 スマン。
こうなればJAFを呼ぶしかない。 呼んだ。
呼んで、ふてくされて煙草をふかしている時に、その御仁は現れた。

JAFを待つ間、その御仁と話をしたおかげで、滅入った気分が紛れた。
話せば、私より1歳年長。 悠々自適、晴耕雨読、朝のウォーキングの途中だとか。
私も、北海道の灯台めぐりの話しをして、HPのアドレスを書いた名刺を渡した。
その御仁は、車が側溝から抜け出すまで見届けてくださり、そして別れた。
その御仁は帰宅して、早速、私のサイトを訪問してくださったのだろう。
そして、ご丁寧にコメントをお寄せくださったのだろう。


10日分のレンタカー料金は前払いしているから、
7日間の使用で返車すれば3万円は返金がある。
JAFは無料だし、高い保険に入っていたから弁償もない。
車を修理する間の休業補償で2万円支払った。
返車する間際の不注意で2万円は痛かった。  チャンチャン。

浦河灯台まで、歩いて1分の場所で。 情けない!
脱輪



落石岬で灯台への道を間違え、湿原地獄にはまり込んで1時間を費やし
その1時間の狂いは、薄暮を過ぎて花咲灯台を訪問することとなった。
灯器に明かりが灯った状態は、
灯台の灯台らしさが実感できて灯台ファンとしてはまたとない機会だが、
灯塔の輪郭を写しに明朝再訪することにした。
どうせ、湯沸岬灯台へ向かう途中の寄り道だ。

天気は好転するどころか、いよいよ雨風ともに強まってきた。
納沙布岬での車中泊はヤバイな、と不安が頭をかすめたが、
車は灯台の近くまで来ている。 民宿らしきもの見当たらない。
とにかく灯台へ。

納沙布岬灯台が耐えて来た風雨氷雪は想像を絶するものだろうが、
この夜の納沙布岬は、部外者にも耐えられる程度の風雨で迎えてくれた。
灯台名と 「北海道灯台発祥の地」 いう2本の標柱の前に車を止めた。
夜目に見る灯塔は白一色で無骨である。
灯台表に記載してある 「等明暗白赤光 明3秒暗3秒」 は意味が分かっていたが
備考覧に記載されている「明弧 105°〜15° 分弧 339°〜15°赤光」 は、
納沙布岬灯台の実物を見て、初めて納得がいくものだ。

実は、明弧、分弧については、
花咲灯台に到着したのが点灯を始めてからだったから、花咲でも見ていた。
明弧は、広い海域を遠くまで照らす光、
分弧は、灯台近くの岩礁を照らす光で、明弧と区別するために赤光などを用いる。
明弧 ・ 分弧は、落石岬灯台でも採用しているが、
落石岬を訪れたときはまだ点灯していなかった。
灯室の窓ガラスに、縦長の赤いセロファン(?)が貼ってあれば分弧だと思っていい。
(この部分の記載は勝手な思い込みで書いています。間違いはご指摘を願います)

北海道で店舗が多いコンビには SEICO MART らしく、
この夜も、そのコンビニで調達した弁当と惣菜が酒の伴だ。
シャンパーニュの代わりにスーパードライ、
ワインは赤も白もコンビニで 1500円のデイリーワイン。
ナイフとフォークはエールフランスの機内食用。 BGMはない。
しかし、目の前には、納沙布岬灯台の点滅と光芒が、ある。
ハイビームにしたヘッドライトに照らされて、白い灯塔が、ある。
一人旅はわびしいが、こんな贅沢な晩餐は、ない。

納沙布岬の朝は、いつまでが夜で、いつからが朝なのか区別がつかない。
荒天で、日の出も拝めないから、勝手に4時を日の出と定めた。
納沙布岬は日本の最東端だ。 日本で一番早く朝を迎える。
灯台は納沙布岬の先端に建つ。
その灯台の入口に車を停めた私は日本の最東端にいる人間だ。
ということは、
私は、日本の陸地で
2007年5月20日の朝を一番最初に迎えた男だ!

生まれて21797日目にして、初めて 「日本で一番」 になった瞬間に
納沙布岬灯台



知床横断道路の閉鎖で大迂回を余儀なくされ、
野付埼灯台を辞したら、それから先は
ノッカマップ埼灯台を訪ね、納沙布岬灯台で夜と朝を迎えようと旅程を修正した。
が、野付埼灯台の訪問を14時30分に終え、欲が出た。
納沙布岬に行く前に、落石岬灯台と花咲灯台を回ってしまえ!

実は、北海道の灯台めぐりを思い立つ以前の話だから、
北海道の灯台は写真でしか知らないのだが、
落石岬灯台と花咲灯台が 「日本の灯台50選」 に選ばれている事が
どうも納得がいかなかったのだ。
一回きりの人気投票での50選で、たいした権威を持つものではないし、
それに目くじらを立てることもないのだが、
日本中から50基の灯台を選ぶなら、選ばれて然るべき灯台が他にもあると思えたのだ。

根底にそんな思いがあるからなのか、落石岬灯台からは拒絶反応を示されてしまった。
灯台まで2kmの距離を残して車止めがある。
往復1時間かぁ。 まぁ、仕方ない。 歩け。
少し進むと、道は二つに分かれている。 道しるべらしきものはあるが汚れて読みにくい。
見渡すと、片方の道には電柱が連なっている。 2km先まで。
今でこそ辺地の灯台では太陽光発電が普及しているが、
「灯台へ行くには電線をたどれ」 これは灯台めぐりの大原則だ。
私は深く考えもせず、電線をたどった。

2km先には馬鹿でかい建物が建っていた。
見れば、国立環境研究所地球環境研究センターの
地球環境モニタリングステーション落石岬という長ったらしい名前の建物だ。
そこに灯台は、ない。 道を間違えた!
「道を間違えたと気付いたら、間違えた地点まで戻れ」
これは、若い頃登山を楽しんできた私が真っ先に教えられた登山の鉄則だ。
引き返そう。 そう思ったとき、悪魔がささやいた。 「右を見ろ」
2km先に、灯塔の上部がぽつんと見える。 灯台だ!

とっさに計算した。
さっきの分岐点まで2kmあるから、分岐点と灯台と今居る場所は正三角形だ。
2辺を通るより1辺を通ろう。
間違えた人が何人かいるのだろう。 踏み跡がついている。
が、海岸にせり出した台地にはいくつかの裂け目があり直進できない。
やむを得ず海岸線を離れると、そこは湿地帯だ。 これまた直進できない。
かといって、先ほどの間違えた道へも湿地帯が行く手を阻む。
これは、樹林のない青木が原樹海だ!
灯塔は見え隠れする。 けど、その方向には進めない。
ほとほと困り果てたとき、一つの湿地帯に出くわした。 水芭蕉の群落だ!
海岸を見ると、かすかに灯塔が顔をのぞかせている。 シャッターチャンスだ。
私という人間も、転んでも只では起きない人間になったものだ、と妙なところで感心する。

1時間かけて間違った道に出た。 分岐点にほど近かった。
徒労だ。 収穫は、水芭蕉を手前において灯台を写したことだけ。
ヨーロッパの葡萄畑を歩いた靴、パタゴニアにお供した靴、
シルクロードを大走破した靴、旅の思い出が染み込んだ靴をパァーにしてしまった。

1時間の予定が、2時間をオーバーする落石岬灯台訪問となった。

落石岬灯台と湿原の水芭蕉
tochiisimisakitoudai



本州では、高い山には残雪があり、飛行機から見下ろした。
千歳空港に着いたら、支笏湖の方角だから恵庭山だろうか、残雪を見た。
残雪は南に下って駒ケ岳でも見たし、積丹半島に行くまでにも、到るところで見た。
標高のある山々は、どれも残雪を頂いていた、と言っていい。
が、積丹半島を過ぎてから、その残雪をほとんど見ていない。
(利尻富士を除いて)
理由は簡単だ。 悪天候で、遠景は霧か雲のかなただったのだ。

興部(おこっぺ) の道の駅で車中泊しているあいだも、
かなり強い雨が車の屋根を叩いた。
飛ばし屋の疲労は雨音をものともせずに熟睡に導いたが‥‥。
紋別灯台は曇り。
サロマ湖は小雨。 サロマ湖の開口部には燈台が1基あるのだが、
砂州のの先端は三里浜オートキャンプ場になっていて進入禁止。
はるかかなたに小さくぽつんと見える灯台の訪問は諦めた。
断念した理由は、知床横断道路の交通規制が解除される時間帯が頭にあったから。
「北の潮彩」 の計画段階で一番のネックは、いかにスムーズに知床半島を横断するか。

当初、知床半島を横断するのにはタカをくくっていた。
例年GWまでには除雪が完了して開通している。
今年もそうだろうと信じて疑わなかった、というよりも問題にしていなかった。
ところが、5月14日に下関を発つ私が
知床横断道路の開通を全国ニュースで知ったのは5月10日だった。
今年は雪庇が生じ、雪崩の危険があるため、除雪は機械を使わず人力で行ったという。
開通しても、通行には10時〜15時30分の規制がかけられている。
オット、オット、オットという感じだ。

遅くても12時頃までには宇登呂灯台の訪問を終えて、横断道路に入りたい。
そのためにサロマ湖口灯台訪問を断念したのだ。

斜里を過ぎて知床国道(334号) に入った。
そこで見た表示は、「雪崩の危険があり、通行止め」。
グワァ〜ン。
昨夜の雨が表層雪崩の危険増幅したのだろうが、そりゃないよ。
こうなれば、斜里に戻って根北峠を越え標津の手前から羅臼に入るしかない。
四角形の3辺をたどるのだから2時間の迂回になる。
神威岬で禁を破った報いか! 礼文でぶっ飛ばした罰か!
まぁ、5月下旬に、宇登呂から羅臼に行くのに根北峠を越えるのも話の種か。

ところで、宇登呂での話だが、
宇登呂を訪れる人は、オシンコシンの滝、乙女の涙、知床五湖、遊覧船が目的で、
宇登呂灯台は展望台から眺める風景の一ポイントでしかないようだ。
私は宇登呂灯台が全てで、他は刺身のツマでしかない。
その灯台が立ち入り禁止になっている。
神威岬で禁を犯した私だから、
立ち入り禁止の立て札を無視し、道に置かれた木材をまたぐのはいとも簡単だが
知床自然センターのボランティアのお嬢さんから釘を刺されると、とたんに素直になる。
センターの係員に聞くと、海上保安庁の許可があれば通行できる、と言う。

なら、話は簡単だ。 一番近くの網走海上保安署に電話した。
私は灯台ファンだ。 山口から来た。 北海道の灯台を回っている。
目的は初点プレートの撮影だ。
私の隣家は関門海峡海上交通センターの初代所長だ。
若松海保の皆さんとは白州灯台の清掃に同行している etc. etc.
ありとあらゆることを挙げ、灯台への想いを熱っぽく語った。
電話で応対した署員は
「それでは、あなたは灯台めぐりでは有名な方なのですね」
これには笑った。
灯台めぐりでは、まだ駆け出しだ。
でも、今の雰囲気を自ら壊す事もないから 「それほどでもありませんが」

結論は、
私の意向は紋別海上保安部の担当者に伝える。
その担当者から私のケータイ宛に返事をさせる。
程なくして、紋別海保から 「承知」 の電話が入った。
神威岬の有刺鉄線を越えたときとは違って、堂々と胸を張って横たわる木材をまたいだ。

宇登呂灯台 一応、展望台近くからも撮ってみた
宇登呂灯台




| HOME | Next


Design by mi104c.
Copyright © 2008 葡萄舎だより 「風の旅日記」, All rights reserved.
ホームページ アフィリエイト レンタルサーバー FC2ブログ