私には、可哀想でならない灯台がある。
明治4年初点。
現存する現役の灯台では最古参に属するブラントン設計の灯台で、
明治天皇が行幸(M.5)した灯台の第1号、誉れの灯台で、
然るべき人が然るべき手を打てば、
そん所そこらの灯台は足元にも及ばない、別格の灯台なのに、
小島の丘の上で厚遇されず放置されている。
明治5年初点で、海峡の対岸の部埼灯台は、
敷地も灯塔も灯舎も手入れされて、灯台50選に選ばれている。
彼我の差を見るにつけ、口惜しさに歯ぎしりするばかり。
それでなくても歯周病で歯はガタガタだというのに。
先般の、角島灯台夜間公開に門司海保の職員が来ていたので、
六連島燈台の惨状を述べると、「灯塔は塗装しました」 と言う。
ならば、行って確認しよう。
竹崎港には六連丸が停泊している。
春3月に訪ねた際、水産大学校を卒業し
4月1日付で正式採用の見習い船員が乗り組んでいたが、
半年経過して、真面目にやっていた。
海上は無風のベタ凪。 響灘の灯台に行くときはいつもベタ凪だ。
これじゃ 「風の旅」 にならない。
島に近づくと、遠目にも灯塔の白さが目にしみる。
心躍らせて階段を駆け上った‥‥。
灯塔は下手な塗装だが、白くなってはいる。
前庭も、一応刈り揃えてはある。
しかし、周囲は旧態依然、というよりも荒廃は進行している。
明治天皇行幸の碑など、倒木で前に進めない有様。
文化財の管理は下関市教育委員会だろうか?
いじめ問題が顕在化して忙しいたって、
それ以前から文化財の荒廃はあったのだが。
白い灯塔が白くなっていただけが救いか。 嗚呼。

