北九州市門司区の、歴史を持つ保存灯台 ・ 部埼燈台が一般公開されたとき、
灯台めぐりの先達 ・ 石松氏に出会った。
氏は全国の灯台を巡り、「日本灯台紀行」 なる本にまとめておられた。
1冊を頂いたのだが、北海道の灯台もくまなく回っておられる。
本音で言うと、
私の 「北の潮彩」 は、氏の北海道の灯台めぐりを強く意識したものだった。
氏が北海道に残した足跡と、私の計画とはほぼ完全に重なる。
否、氏が訪れた奥尻島と利尻島は私の計画に入っていない。
挑戦するつもりはない、と言えばウソになる。
絶えず氏の影がちらついていたのだが、氏への感謝の方がはるかに大きい。
「北の潮彩」 の灯台めぐりを続けるに当たって、
灯台に至る道筋、目印は氏の記述がとても参考になった。
北見神威岬灯台は36番目の訪問灯台だ。
ここに来るまでに、予想をはるかに超える進捗で時間的な余裕が生じ、
利尻島と礼文島に寄り道した。
これまた本音で言うと、
利尻島の灯台を回る事で、氏に一歩近づいた、
礼文島の灯台を回る事で、氏の奥尻島訪問に代わる私の灯台めぐりが出来た、
と対抗意識をむき出しにしたのは否めない。 私もまだ未熟だなぁ。
ところで北見神威岬灯台。
宗谷岬から単調な海岸線が続くが、この岬だけが突出している。
(だから灯台が建てられているのだが)
かつては珠文岳からせり出した岩山が海に落ち込み、国道は海岸線を遠回りしていた。
その先端に灯台はあるのだが、
北オホーツクトンネルが開通して、旧国道は廃道になっていたらしい。
氏の記述では 「往復1時間ほどのウオーキングを強いられる」 とある。
灯台めぐりをしていて、1時間のウォーキングは楽じゃないが、当たり前だ。
が、礼文島で飛ばしに飛ばして早い便の船に間に合った私が
宗谷岬から南下して来て、日暮れ時に往復1時間のウォーキングは、辛い!
通行止めなら仕方がないから、行くだけ行こう、と車を走らせた。
北オホーツクトンネルの手前で旧国道は左に延びている。
通行止めの看板を探したが、‥‥無い! 天佑、我に味方す!
氏が訪れてから4年。
年月は、灯台を挟む旧国道沿いを公園に変えていたのだ。
石松氏の紀行文と内容が異なったのは、あとにも先にもここ1箇所だけだった。
それも、嬉しい方向に異なってくれた。
夕闇が迫っていた。
旧国道が通行止めなら、その手前で車中泊するつもりだった。
走行できることで、数分で北見神威岬灯台を訪問出来た。
今夜は行けるところまで行って、多少は人の生活の臭いがする所で車を停めよう。
石松氏の 「日本灯台紀行」 には本当に助けられた。
帰ったら、尊敬と、賞賛と、感謝の手紙を書こう。
北見神威岬灯台 遅く着いたから灯火を見ることができた