|
高松から小豆島に渡るには幾つかのルートがあるが、土庄への航路を選んだ。 船から、男木島灯台が望めるのでは? と期待したからだ。 申し訳程度に、遠くに小さく確認できた。 米粒ほどの灯台を見つけて喜ぶのだから、灯台ファンは他愛も無いものだ。
小豆島では、南に突き出した2つの半島にある2基の灯台が知られている。 西の地蔵埼灯台、東の大角鼻灯台。 共に、八角形の灯塔を持つ。 地蔵埼灯台は、対岸の志度 ・ 馬ヶ鼻灯台から眺めた灯台で、「約束どおりきましたヨ」 この灯台は 「霧信号(霧笛)」 を併設している点がユニークだ。 高松〜女木島〜男木島の定期船 (雌雄島海運) の乗組員に聞いたら、 「この航路が欠航するのは、高波と濃霧のときで、年に数回です」 と言っていた。 そういえば、宇高連絡船の紫雲丸が沈没したのも濃霧の朝だった。 小豆島の周回道路を3/4周して、北の大部港から岡山の日生港に渡った。
東進して、赤穂御埼灯台。 更に東進して明石海峡。 「明石」。 私には特別の響きを持つ名前だ。 母校の軟式野球部が、二度、全国制覇をした明石公園球場があるからではない。 東径135度にあって、日本の標準時となっているからでもない。 私の旧姓が 「明石」 だから。 ルーツをたどれば、播磨の守護大名・赤松氏の家来だったと聞く。 江戸時代、松平朝矩が姫路から前橋に15万石で移封されたとき、 それに従って前橋に移り住んだ、とも聞かされた。 父の代まで墓は前橋にあった。 還暦を迎えた年に、祖先の地に立った証しとして、天文科学館の写真を撮った。
明石から岩屋(淡路島) には 「たこフェリー」 で渡った。 明石大橋のイルミネーションに加えて、空には満月が。 月々に 月見る月は多けれど 月みる月は この月の月 けれど、私の目は天空を向かず、淡路島の海岸線を凝視していた。 5秒間隔で変わる赤白互光を見つけ出し、ご満悦だった。 江埼灯台の灯だ。
この夜は、江埼灯台下の駐車場に車を停めた。 灯台は40mの山の上だから光芒は見れないが、 明治4年初点、六連島灯台と同期生の灯台の麓で眠れるだけで幸せなのだ。
|