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2007/09/09 (Sun) 風の旅 萩相島灯台



私が乗った国道九四フェリーは、
三崎港を 16:40 発だから、それまでは佐田岬 (四国・愛媛県) にいた。
17:50 に佐賀関港 (九州・大分県) に着いた。
20:30 に関門橋を渡り、下関の灯を見た。 20:45 葡萄舎着。

   ただいま、無事に帰り着きました。

4時間で、四国、九州、本州と3つの島を渡るような走り方をするから、
とも〜る さんは私の旅を 「爆走」 と表現なさるのだろう (笑)
亥年生まれの申し子だから、いまさら変えるに変えられない。 宿命、だ。

初点プレートを写した灯台 31基。
灯台を確認しながら、近づけず、訪問を断念した灯台 1基。
予定に組み込んで、諸般の事情から訪問を割愛した灯台 4基。
A点からB点へ移動の途中に見た灯台 ?基。 そのうち写真を見ながら確認の予定。
これが、今回の 「五国 灯台歴訪」 の全て。 北海道よりも、はるかに難儀をした。
5日にわたって日記に記述。 それからフォトアルバム ( mixi ) 作成。
最後に、HP に掲載、という段取りになるだろう。

今日の、国道九四フェリーにて。
三崎港を出港して、風が冷たいデッキでひたすら、佐田岬灯台が現れるのを待った。
曇天ではっきりしないが、とにかく遠望できた。
気がつけば、フェリーの前方を左舷から右舷に、日本国海軍の潜水艦が浮上して横断。
潜水艦を気にしながら後方を見やれば、5時過ぎだというのに、佐田岬灯台が点灯。
  (ちなみに、室戸岬灯台の点灯は6時8分、叶埼灯台は6時9分だった)
佐田岬灯台の灯質は、毎20秒に3閃光の群閃白光だが、緑色に見える。
灯質が20秒に3閃光、というのは10秒余り暗い状態が続き、
3秒間隔くらいで チカッ、チカッ、チカッと点滅する光り方をいう。
このタイミングをつかんでシャッターを押すのが意外と難しいノダ。

私には 「また、来いよ」 とウインクしているように見える。
光達距離は35kmほどだから、フェリーが九州に着くまでウインクをやめない。
私も、目をそらしたくない。
そのうちに、関埼灯台 (佐賀関) が、4秒ごとに明暗を繰り返してウインクを始めた。
関埼灯台は 「お帰りなさい」 と言っているようだ。

私は数多く旅をしてきたけど、
(四国の) 灯台の灯に見送られ、(九州の) 灯台の灯に出迎えられたのは初めての経験だ。
優しくもあり、可愛らしくもあり、切な気でもある灯台の灯‥‥。
灯台ファンになってよかった、とつくづく思った。
いまや、船舶の航行に灯台の灯は (霧笛も) 不用だ、といいながら、
知人の船乗りも、友人の漁師も口を揃えて、灯台の灯はありがたい、と言う。
私も、船から灯台の灯を見て、そうだろうナ、と思う。


昨夜の宿泊場所候補地として、大月と宿毛の 道の駅 を考えたが、
大月の 道の駅 は夜間閉鎖されていたため、宿毛まで走ることを決めた。
その時点で、大月から左折、西に向かって柏島灯台を訪問することを諦めた。

ふるさとの長門川尻岬灯台が立つ川尻岬は 「本州最西北端」 を謳っている。
本州に最西北端を名乗れる場所はゴマンとあるから笑っちゃうけど、
まァ、それを名乗って相応しい場所、というのは当然あるだろう。 川尻岬は合格だ。
その意味合いから、高茂岬は 「四国の最西南端」 と呼ぶに相応しい。
足摺岬(最南端) と佐田岬(最西端) のほぼ中央に位置しているのだから。
四国の灯台めぐりを続けてきて、北海道がいかに楽であったかを痛感する。
四国の幹線道路から高茂岬への道もまた、カーブの連続で遠い。
「いい加減には、もうそろそろ」 と思う頃、岬の先端に白く米粒ほどに見え始める。
が、そこからがまた、遠い。
駐車場にはトイレがあり、その先にキャンプ場、その先の木立の中に高茂埼灯台。
着いたときには既に陽は昇っていたが、未だ点灯していた。
無駄な事だが、灯台ファンには嬉しい。

高茂岬の駐車場には既に車が一台。 折りたたみの椅子とテーブル。 大きい双眼鏡も。
車には 「愛媛県自然保護協会」 のステッカーが貼ってある。
豊後水道を越えて九州に渡り、台湾やフィリッピンで越冬する鳥の調査だという。
調査している鳥は サシバ(鷹の一種) だ。
教えられて空を見たら、近眼の私が見えるか見えないかの大きさで
3羽、3羽、2羽、2羽、3羽と並んで飛んでいく。 羽ばたきはしない。 滑空だ。
100羽単位で渡ることもあり、私が居合わせたときが、その日の朝の最大グループだった。
天空ではサシバが大旅行をしているが、下界ではトンボが飛んでいた。
「北海道から飛んできて、九州のもっと南に飛んでいく ウスバキトンボ だ」 と教わる。
敬愛する先輩・フジパパさんが mixi の日記(7/17) に書いておられたのを思い出す。
九州に上陸し、産卵と羽化を繰り返して北海道に達した ウスバキトンボ が、
今また産卵と羽化を繰り返して九州に渡ろうとしている。
「今はトンボだけど、間もなく アサギマダラ(蝶)が渡り始めるよ」 と、また教わる。
なんと壮大な大旅行!
5日間車を運転しただけでて疲れた私など足元にも及ばない。
人間は尊大ぶっているけど、トンボや蝶の真似さえもできないじゃないか。

自然界の驚異が偉大すぎて(?)、
大崎鼻灯台、室家鼻灯台、襖鼻灯台、見舞埼灯台への訪問は、少しトーンが下がった、
かも知れない。

佐田岬到着は14時過ぎ。 午後の陽は灯台の真後ろにある。 完全な逆光だ。
岬の駐車場 (崖の崩壊で使用禁止) から1.8kmの遊歩道が続くが苦にならない。今回の灯台めぐりの最後の1基だから気合が入っているのか?
運動不足だった私の脚が、歩くことに慣れたのか?
逆光のアングルを避けてカメラを構えれば、狭い敷地で18mの灯塔は高すぎる。
国道九四フェリーから眺めるから、まァ、いいか。

15時50分、三崎港着。 出港は16時40分。
土産を買い、食堂に入った。 今日初めての食事だ。 あとは帰るだけ。
「五国 灯台歴訪」 の一応の中締めだ。


4日目は足摺岬まで足を延ばす予定だ。
カメラのバッテリーはまだ大丈夫だろうが、切れたら一大事だから室戸市で宿を取った。
7時を過ぎての宿泊申し込みだったが、お食事処を併設している宿で、
満足のいく食事ができた。 (安いから感激も大きい)
室戸岬灯台は、私の 「灯台めぐりの原点」 の灯台だから、2年に一度は訪問するだろう。
「とさ」 という名の店、当然、定宿になる。

早起きは三文の徳、だ。5時半に動き始めて、6時には羽根埼灯台の麓に着いた。
石松氏も、 hide さんも苦労して登っている斜面がある。
折りよく、軽自動車が通りかかった。 登り口を確認する私に
「灯台まで車でいける。途中まで連れて行ってやる。ついて来い」 オー・ラッキー!
教えられた道を不安げに運転していると、土地の人にすれ違ったので再確認。
灯台の近くまで近づいているはずだが、どうも遠すぎるから苦労してUターン。
すると、また人に出会った。 聞けば、道に間違いはなかった。
今までの経験から、早朝の人里はなれた灯台近辺で、3人もの人に出会い、
そのたびごとに道を教えられ、灯台にたどり着いた記憶はない。
灯台から引き返すとき、最初に教えてくれた人にまた会った。 車から降りてお礼を言った。

高知灯台は道の傍らにあるのに、樹木がさえぎって通り過ぎた。
案内板が小さすぎるし、分岐に立てなければ意味がない。 灯台は、いい灯台だ。

次は、最初から及び腰だった 白ノ鼻灯台 だ。
場所も悪い。 ゴジラ松井との勝負を連続四球で避け、朝青龍を育てた高校の近くだ。
登り口は、ある。 が、すぐに消える。 それから先は獣道と変わらない。
灯台に至る電柱と電線は時折現れる。 が、私は迷ったときを考えて尾根を歩く。
途中で電線の方向が直角に曲がる。 その方向を樹木越しに見ると白い灯塔が!
そこまでは、50m下って40mののぼりだ。
それよりも、獣道に似た、前人が踏み分けた痕跡さえも見つからない。
学生時代に登山をしていたから 「藪漕ぎ」 の経験も自信もあるが、
迂闊にも長袖シャツを着ていないし、手袋もない。 断念するしかない。
途中まで来て、灯台の姿を見て、引き返すのは初めてだ。
  (麓の漁港から海岸伝いに行く道はあるかもしれない)

気を取り直して 興津埼灯台。
標高170m。 4等レンズからの光は38海里先まで届く。 堂々たる灯台だ。
灯台の門まで、車で行ける。 車幅イッパイイッパイの道はある。 長ぁ〜いけど。
汗はかかないが、冷や汗はかく。 もう一度行け、と言われたら丁重に断る。
とか言いながら、もう一度行ってみたい灯台に相違ない。

窪津埼灯台は、県道がショートカットの工事をしたために孤立した灯台だ。
採石場に削り取られ孤立した部埼燈台の縮小版だ。

足摺岬には16時に着いた。
スマートで、きれいな灯台だ。 断崖も絵になる。 知名度とあわせ三拍子揃っている。
訪れるなら、午前中に訪れるべきだった。 逆光だった。
ひとしきり続いたバスツアー客の大声が去ってしまうと、岬の灯台の情緒を取り戻した。
ちょっと、スマートできれい過ぎる? 私には角島灯台があるからいいけど。

臼碆埼は道を間違えた。 パス。 足摺岬も臼碆埼も、また来ることがあろう。

叶埼灯台への到着は日没に間に合った。
一通り写真を撮って、点灯を待った。
6時8分に点灯した室戸岬灯台とは、経度の差と一日経った日没時間の差がある。
果たして、と思いながら待ったら、6時9分に点灯。 優しい光だ。
室戸岬の巨大レンズを見てしまったから、叶先の灯はランプの灯だ。
地元の人は、車で寝るなら叶埼が静かでいい、と言っていたが、静か過ぎる。
浮浪者然とした男も歩いていたし、宿毛の 道の駅 まで走った。


江埼灯台下の駐車場は、さして広くないスペースに夜釣りのワゴン車が出入りし、
二度三度と眠りを妨げられた。 仮眠用の駐車場ではないから文句は言えないが。

灯台に至る階段はまっすぐに伸びていて、これなら夜間でも昇れたかも、と思われたが、
左右の草木が伸びていて、夜目には不気味で、か弱い男一人ではためらってしまう。
怖さを伴わない朝はスイスイと昇れる。 (正直、40mはチトきついが)
六連島で、部埼で、鍋島で見慣れた H・ブラントンの特徴ある灯台が現れた。
低めの灯塔を半円の付属棟が取り巻くという、おなじみの構造だ。
昨夜、明石海峡から望見した赤白互光の灯台の灯は、朝の6時前はシッカリ回転している。
鍋島で見た不動赤緑互光は強烈だったが、江埼の不動赤白互光もまんざらではない。
灯塔の前方に非常灯が設置されたのはいつからだろうか。 阪神淡路の震災後、か。

淡路島を縦断するに際して、紀伊半島に最も近い友ヶ島水道に立ち寄った。
曇って霞んで見えないが、近い将来、紀州路を南下する灯台めぐりもあろう。

門埼灯台を訪問したら、隣接する 道の駅 が物置代わりに使っているのにガッカリした。
大鳴門橋で車を停めて鳴門飛島灯台を撮影する禁止行為をし、再度、四国に渡った。
阿波の国で最初に訪ねたのは 孫埼灯台。 門埼に対して、こちら側はきれいだ。
小松島(徳島) 海上保安部を表敬訪問し、情報を得て小松島灯台へ登った。
灯台がある山は ミニ八十八ヵ所の遍路コースになっており、
登るにつれ、二番、三番とお地蔵様が鎮座まします。
灯台までの高度差は80m。 灯台脇のお地蔵様が十五番だ。
九十九折の坂道を、お地蔵様に合う度に合掌をして (私の場合は) 呼吸を整える。

四国の最東端 ・ 蒲生田岬は大いに期待していた灯台だ。
しかし、道が悪い。 表示はあるが、肝心な地点に表示がない。
1:十万 の道路地図で、道路が示されていないのだからむべなるかな。
最後は40mの階段を直登、だ。 灯器は貧弱だが味のある灯台だ。
沖合いの伊島がよく見えた。 最高点に伊島灯台がはっきりと見える。 いつか。
蒲生田岬灯台の風は強かった。 灯台のベンチで広げた弁当が飛ばされそうだった。
6時前に起きて動き出し、14時、蒲生田岬で食べる弁当が最初の食事だ。
肥満体のありがたさで、体内には蓄えがあるから半日食べなくても支障はないが。

室戸岬灯台には6時までには到着したい。
が、それまでに訪問予定の灯台は3基残っている!
阿瀬比ノ鼻灯台、阿波竹ヶ島灯台、甲浦灯台の3基だ。

阿瀬比ノ鼻灯台は、hide さんが往路30分でたどり着いている。
hide さん並みに歩いて往復1時間かぁ。 行って行けなくはないが少々きつい。
900000カンデラで30海里まで届く大型灯台は魅力だが、割愛する。
阿波竹ヶ島に着いたら4時を回っていた。
「この時間から、よそ者にはとても無理だ。 マムシも多いし」 と土地の人。
西日本で唯一、赤帯を巻いた灯台を訪問したかったが、これも割愛。
フェリーが廃止されて、うら寂しい感じの甲浦漁港に到着。
3基連続の割愛は沽券に関わるから、ここは訪問。
関脇クラスを割愛して、前頭3枚目に取り掛かるようなものだ。 情けない。
阿瀬比ノ鼻灯台、阿波竹ヶ島灯台。 2基を割愛した事を後悔するだろう。

甲浦を後にしてからは、ひたすら室戸岬を目指して飛ばした。
灯台への坂道にさしかかるまで、夕陽は土佐湾に沈まず待っていてくれた。
夕陽の写真を2枚撮るのももどかしげに、勝手を知った灯台への坂道を駆け上った。
一昨年の12月、私に灯台の魅力を叩き込んでくれた室戸岬灯台との再会だ!
柵と扉の隙間は20cm。 腹と尻が邪魔になる。 わが身の体型を呪う。
無理をしてすり抜ける。 先ずは明るいうちに初点プレートだ。
薄暮の状態は覚悟の上で、後顧の憂いがないよう撮れるだけ撮った。
一応撮り終えたのが5時50分。 点灯時刻を知らないが、待つことにする。
6時8分。 何の前触れもなく、突然、灯器に灯りが点った。 ボッ、という感じ。
同時に巨大レンズが回り始めた。
2枚が背中合わせのレンズは、1枚が海を照らせば、1枚は私を照らす。
10秒に1回、室戸岬灯台は沖を行く船と陸にいる私を照らす。 なんという至福。


高松から小豆島に渡るには幾つかのルートがあるが、土庄への航路を選んだ。
船から、男木島灯台が望めるのでは? と期待したからだ。
申し訳程度に、遠くに小さく確認できた。
米粒ほどの灯台を見つけて喜ぶのだから、灯台ファンは他愛も無いものだ。

小豆島では、南に突き出した2つの半島にある2基の灯台が知られている。
西の地蔵埼灯台、東の大角鼻灯台。 共に、八角形の灯塔を持つ。
地蔵埼灯台は、対岸の志度 ・ 馬ヶ鼻灯台から眺めた灯台で、「約束どおりきましたヨ」
この灯台は 「霧信号(霧笛)」 を併設している点がユニークだ。
高松〜女木島〜男木島の定期船 (雌雄島海運) の乗組員に聞いたら、
「この航路が欠航するのは、高波と濃霧のときで、年に数回です」 と言っていた。
そういえば、宇高連絡船の紫雲丸が沈没したのも濃霧の朝だった。
小豆島の周回道路を3/4周して、北の大部港から岡山の日生港に渡った。

東進して、赤穂御埼灯台。 更に東進して明石海峡。
「明石」。 私には特別の響きを持つ名前だ。
母校の軟式野球部が、二度、全国制覇をした明石公園球場があるからではない。
東径135度にあって、日本の標準時となっているからでもない。
私の旧姓が 「明石」 だから。
ルーツをたどれば、播磨の守護大名・赤松氏の家来だったと聞く。
江戸時代、松平朝矩が姫路から前橋に15万石で移封されたとき、
それに従って前橋に移り住んだ、とも聞かされた。 父の代まで墓は前橋にあった。
還暦を迎えた年に、祖先の地に立った証しとして、天文科学館の写真を撮った。

明石から岩屋(淡路島) には 「たこフェリー」 で渡った。
明石大橋のイルミネーションに加えて、空には満月が。
  月々に 月見る月は多けれど 月みる月は この月の月
けれど、私の目は天空を向かず、淡路島の海岸線を凝視していた。
5秒間隔で変わる赤白互光を見つけ出し、ご満悦だった。 江埼灯台の灯だ。

この夜は、江埼灯台下の駐車場に車を停めた。
灯台は40mの山の上だから光芒は見れないが、
明治4年初点、六連島灯台と同期生の灯台の麓で眠れるだけで幸せなのだ。




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