ADMIN TITLE LIST


Recent entries
2007/09/09 (Sun) 風の旅 萩相島灯台



夏の猛暑も峠を越した、かに見える。 事実なら喜ばしい。
一ヶ月有半振り回された一件もメドがついた。 これは喜ぶに至らない。
そこそこに忙しい思いをした家業が低迷期に入った。 これは喜べない。
しかし、3つの条件が揃った。
となれば、蠢くものがある。 彷徨の蟲 (さすらいのむし) だ。

明日と明後日、北浦の離島を訪ねる。
まずは、相島。 萩市の沖合いに浮かぶ、お盆を伏せたような6つの島のひとつだ。
相島スイカ、萩スイカというブランドで、山口県産スイカの半分を占める。
私にとって、スイカがドッチを向こうが知った事ではない。
集落から5kmの獣道の向こうにある 「相島灯台」 がお目当てだ。
下関 05:30 → (浜崎)港 8:00 → 萩海運 → 8:40 相島
徒歩往復と 「相島灯台」 にご挨拶 2時間半
相島 14:00 → 萩海運 → 14:40 萩(浜崎)港

ついでに見島に渡る。
見島は、萩市の沖合い40kmに浮かぶ孤島だが 「絶海の」 という形容はつかない。
私がうまれて育った場所は長門市の山奥だったが、天気が良い日は見島が望めた。
ガキの頃から見島を望見して育ったから、卒論は 「見島の気候と漁業」 だ。
今回で4度目の訪問になるが、「見島北灯台」 「見島灯台」 を訪ねるのは初めてだ。
萩(浜崎)港 16:10 → 萩海運 → 17:50 見島(宇津)港 弁天荘泊まり
徒歩往復と 「見島北灯台」 にご挨拶 3時間
車で往復と 「見島灯台」 にご挨拶 1時間 (弁天荘の車輌借用)
見島(宇津)港 14:30 → 萩海運 → 15:45 萩(浜崎)港 → 18:00 下関

この3灯台を訪問すれば、HPの 「ふるさとの灯台」 で空白地帯がなくなる。
空白をなくすのに2年近くかかった。 私には珍しい息の長さだ。 成長したものだ。

やがて台風の季節が到来する。
日本列島を舐めるように縦断する台風の進路には、
佐多岬、足摺岬、室戸岬、潮岬、御前崎、犬吠埼などの岬がある。
それら著名な岬だけでなく、
先島諸島の珊瑚礁の海から、オホーツクの流氷の海まで、
数多くの岬にはひっそりと、
しかし重要な使命を負って大小の灯台が立っている。
台風など、自然の猛威を真っ先に受けるのは岬であり、灯台だ。
自然の猛威は台風だけではない。北の海では吹雪も濃霧もある。
灯台は厳しい自然条件に耐えながら、
船舶の安全な航行と船人の命と財産を守って灯をかざし続けてきた。

船、海、岬、灯台とくれば、私が好きな演歌の世界だ。
演歌の主人公は哀しく、運命にもてあそばれ、
人生に迷い、心に傷を負っている。
それを振り切り、捨てに行くのは
岬の突端、断崖絶壁が相応しいのだろう。
見守ってくれるのは白亜の灯台だ。行き止まりの岬に立つ灯台は、
行き詰った人生の道しるべか。
半島や離島の岬に佇んで感じる孤独感、寂寥感のなかで、
厳しい自然に耐えて立つ灯台を眺めれば、演歌の主人公ではなくても、
進むべき人生を考え、強くて優しい生き方を教えられるだろう。


私には、人生を彩ってくれるワインと旅がある。
それだけで十分だったのに、灯台の魅力を知ってしまった。 
「灯台巡回号」と名づけた愛車で灯台めぐりを始めて二年。
九州や山口の灯台を中心に五十余基の灯台を訪ねた。
五月には七日間をかけて、北海道の灯台五十七基を訪ねて来た。
岬の先端の灯台に車を停め、夕陽を眺め、ワインの栓を抜く。
飽くこともなく光芒を見つめ、やがて眠る。潮騒に起こされ、
朝日に輝く灯塔に敬礼して灯台を辞す。
私の最高の贅沢、無上の悦びだ。

日本最東端の納沙布岬の朝は感激した。
灯台の傍らに停めた車で朝を迎えた私は、
その日の朝を日本で一番早く迎えたのだから。


私が住む下関は、由緒ある灯台の宝庫だ。
芸術品のような角島灯台。風力発電第一号の蓋井島灯台。
西日本で現役最古の灯台も下関にある。
六連島灯台(明治四年初点灯)だ。
六連島灯台は、明治天皇が西郷隆盛らを率いて最初に行幸した「誉れの灯台」だ。
市の文化財に指定されているのに、
敷地は荒れ放題で、行幸記念碑は薮の中だ。なんとも情けない。

関門海峡航路で六連島灯台と対を成す灯台がある。
部埼灯台(明治五年初点灯・北九州市)だ。
共に、灯台の父と呼ばれるブラントンが設計した双子のような灯台だが、
整備された部埼灯台と対象的に、
下関市から冷遇されている六連島灯台を見るのは辛い。
いい灯台なのに‥‥。


船乗りにあこがれながら夢を果たせなかった私は
灯台を眺め、灯台から海を眺めることで、
船と、海と、私を、直列に繋ぐことができる。
航行技術の進歩は、もはや灯台の灯りを必要としないらしいが、
岬の先端にあるべきは、やはり、灯台だ。

2007 風の旅 「北の潮彩」 を無事に、とは行かなくても、
健康を害する事もなく、予定したコースに利尻島と礼文島を加え、
会いたい灯台とは98%会って、終えることが出来た。
知らない土地での一人旅としては 「大成功」 の部類だろう。
家人の全面的なバックアップがあり、友人・知人・灯台仲間からの支援も頂いた。
北海道で出会った人たちは例外なく親切で、いい人たちだった。
「北の潮彩」 の大成功を喜ぶとき、皆さんへの感謝を忘れまい。

レンタカーを借りた 14日12時〜21日12時 の7日間がそのまま、
「北の潮彩」 に費やした日数だ。 予定の10日間を3日短縮した。
走行距離 ‥‥‥‥‥ 3121km。
訪問灯台 ‥‥‥‥‥ 57基 (旧 灯柱1基を含む)
通り過ぎた灯台 ‥‥  1基 (小歌岬灯台)
望見した灯台 ‥‥‥  1基 (サロマ湖口灯台)
素通りした観光地 ‥  無数
素通りした都市 ‥‥  無数
宿泊 ‥‥‥‥‥‥‥ 4ヶ所 (洞爺湖、増毛、利尻島、様似)
車中泊 ‥‥‥‥‥‥ 3ヶ所 (江差、興部、納沙布岬)
これが概略で、どんな一人旅だったか、およその見当はつくだろう。

個々の灯台については、サイトの 「北の潮彩」 のページに記載する。

私は、好きなワインに、産地や、価格や、米国人の評価で優劣をつけない。
ワインは、みんな違ってみんないい。
同様に、好きな灯台に、大小や、歴史や、周囲の景色などで優劣をつけない。
灯台も、みんな違ってみんないい。

そうは言っても、再訪したい灯台と、一度行ったからもういい灯台とがある。

再訪したい灯台10選 (今回の訪問順)
恵山岬灯台、茂津多岬灯台、神威岬灯台、稚内灯台、北見神威岬灯台、
宇登呂灯台、能取岬灯台、納沙布岬灯台、湯沸岬灯台、襟裳岬灯台

20選とすれば、更に次の10基が加わる。
チキウ岬灯台、葛登支岬灯台、積丹出岬灯台、鴎島灯台、石狩灯台、
鴛泊灯台、元地灯台、宗谷岬灯台、落石岬灯台、静内灯台

25選とすれば、更に
白神岬灯台、弁慶岬灯台、日和山灯台、石崎灯台、花咲灯台
(次点;羅臼灯台)

25選まで枠を広げたら、割愛した灯台がいくつもある。
アヨロ鼻、増毛、幌、金毘羅岬、金田ノ岬、紋別、野付埼、
十勝大津、日高門別、etc. etc.
これらのどれを入れ替えても (私的には) 異存はない。

再度訪れるのが辛い灯台が、1基だけ、ある。
松前灯台 (200mまで近づいて、眼鏡をはずして見るならいい)

今回は行けなかったが、奥尻島、天売島、焼尻島はいつの日にか行けるだろうか。
知床岬と、松前大島、松前小島は到底無理だろうが。

来年は、今年予定していた 「奥の磯道(東北)」 になるのか、
それとも、大阪湾〜伊勢湾〜御前埼 になるのか‥‥。
見果てぬ夢は、つづく。

アヨロ鼻灯台 25選からは外れたけれど、この灯台も好きだ。
アヨロ鼻灯台



「旅の恥はかきすて」 という。
私のように一人旅を続けていると、私の行状をこと細かく報告する人はいない。
どこで何をしても、はるかに遠い北の大地で私が演じる一人芝居だ。

「北の潮彩」 を終えて間もなくワイン会があった。
ワイン仲間の何人かは私のブログを覗いてくれていたのだろう。
開口一番、「大変な旅でしたね」 と仰る。
確かに、
がらがらに空いた広い一本道を飛ばして、背筋が痛い。
飛ばしすぎて、沿岸小型の灯台を1基見落とした。(小歌岬灯台)
ずぅ〜っと悪天候を嘆いた。
礼文島からの帰りは 「最北航路」 が揺れた。 (当地ではフツーの風波だが)
知床横断道路は閉鎖され、大迂回を余儀なくされた。
余った時間を摩周湖に向かえば 「積雪・吹雪で通行止め」(05/20)
落石岬では、湿原地獄に足を取られ、想い出のこもった靴をパァーにした。
納沙布岬では、私の寝ている車が強風に揺れた。
でも、それらはたいした事じゃない。

思い当たるのは、浦河灯台を訪問したときの1件だ。
その場に居合わせ、20分ほど話し込んだ御仁が、
私が旅を終える前に、私のブログにコメントを投稿してくださっていた。
ことの始終を詳細に。
成り行きにもよるが、「旅の恥」 だから伏せておこうと思ったが、バレバレだ。
バレてしまえば仕方ない。

北海道を全周し、辺地の灯台を訪ねる際に、カーナビは実に力強い味方だった。
そのカーナビが、浦河灯台が見えるところまでは導いてくれたが、
さて、灯台に至る小道が分からない。
灯台の近くまで行って、あとは歩いて小道を探そうと思った。
あとから思えば、
まだ、朝6時の話だ。
北海道の交通事情は承知していたから、別段、車を道路脇に寄せることはない。
でも、寄せた。 かなり広い草むらがあったから。
その草むらに側溝が隠れていると気付かなかった。
前後輪脱輪。 少しもがいて前進したからホイールカバーはパァー。
走行に支障はないが、前輪の損傷がかなり。
私の意のままに縦横に走ってくれて、「灯台巡回2号車」 と命名したほどの、
従順だったレンタカーに、最後の最後に痛い思いをさせてしまった。 スマン。
こうなればJAFを呼ぶしかない。 呼んだ。
呼んで、ふてくされて煙草をふかしている時に、その御仁は現れた。

JAFを待つ間、その御仁と話をしたおかげで、滅入った気分が紛れた。
話せば、私より1歳年長。 悠々自適、晴耕雨読、朝のウォーキングの途中だとか。
私も、北海道の灯台めぐりの話しをして、HPのアドレスを書いた名刺を渡した。
その御仁は、車が側溝から抜け出すまで見届けてくださり、そして別れた。
その御仁は帰宅して、早速、私のサイトを訪問してくださったのだろう。
そして、ご丁寧にコメントをお寄せくださったのだろう。


10日分のレンタカー料金は前払いしているから、
7日間の使用で返車すれば3万円は返金がある。
JAFは無料だし、高い保険に入っていたから弁償もない。
車を修理する間の休業補償で2万円支払った。
返車する間際の不注意で2万円は痛かった。  チャンチャン。

浦河灯台まで、歩いて1分の場所で。 情けない!
脱輪



落石岬で灯台への道を間違え、湿原地獄にはまり込んで1時間を費やし
その1時間の狂いは、薄暮を過ぎて花咲灯台を訪問することとなった。
灯器に明かりが灯った状態は、
灯台の灯台らしさが実感できて灯台ファンとしてはまたとない機会だが、
灯塔の輪郭を写しに明朝再訪することにした。
どうせ、湯沸岬灯台へ向かう途中の寄り道だ。

天気は好転するどころか、いよいよ雨風ともに強まってきた。
納沙布岬での車中泊はヤバイな、と不安が頭をかすめたが、
車は灯台の近くまで来ている。 民宿らしきもの見当たらない。
とにかく灯台へ。

納沙布岬灯台が耐えて来た風雨氷雪は想像を絶するものだろうが、
この夜の納沙布岬は、部外者にも耐えられる程度の風雨で迎えてくれた。
灯台名と 「北海道灯台発祥の地」 いう2本の標柱の前に車を止めた。
夜目に見る灯塔は白一色で無骨である。
灯台表に記載してある 「等明暗白赤光 明3秒暗3秒」 は意味が分かっていたが
備考覧に記載されている「明弧 105°〜15° 分弧 339°〜15°赤光」 は、
納沙布岬灯台の実物を見て、初めて納得がいくものだ。

実は、明弧、分弧については、
花咲灯台に到着したのが点灯を始めてからだったから、花咲でも見ていた。
明弧は、広い海域を遠くまで照らす光、
分弧は、灯台近くの岩礁を照らす光で、明弧と区別するために赤光などを用いる。
明弧 ・ 分弧は、落石岬灯台でも採用しているが、
落石岬を訪れたときはまだ点灯していなかった。
灯室の窓ガラスに、縦長の赤いセロファン(?)が貼ってあれば分弧だと思っていい。
(この部分の記載は勝手な思い込みで書いています。間違いはご指摘を願います)

北海道で店舗が多いコンビには SEICO MART らしく、
この夜も、そのコンビニで調達した弁当と惣菜が酒の伴だ。
シャンパーニュの代わりにスーパードライ、
ワインは赤も白もコンビニで 1500円のデイリーワイン。
ナイフとフォークはエールフランスの機内食用。 BGMはない。
しかし、目の前には、納沙布岬灯台の点滅と光芒が、ある。
ハイビームにしたヘッドライトに照らされて、白い灯塔が、ある。
一人旅はわびしいが、こんな贅沢な晩餐は、ない。

納沙布岬の朝は、いつまでが夜で、いつからが朝なのか区別がつかない。
荒天で、日の出も拝めないから、勝手に4時を日の出と定めた。
納沙布岬は日本の最東端だ。 日本で一番早く朝を迎える。
灯台は納沙布岬の先端に建つ。
その灯台の入口に車を停めた私は日本の最東端にいる人間だ。
ということは、
私は、日本の陸地で
2007年5月20日の朝を一番最初に迎えた男だ!

生まれて21797日目にして、初めて 「日本で一番」 になった瞬間に
納沙布岬灯台




Prev | HOME | Next


Design by mi104c.
Copyright © 2008 葡萄舎だより 「風の旅日記」, All rights reserved.
ホームページ アフィリエイト レンタルサーバー FC2ブログ